東京地方裁判所 昭和42年(ワ)728号 判決
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〔参考〕 原告の請求額
逸失利益 七〇二万一八七七円
慰藉料 一〇〇万円
〔判決理由〕そこで損害額の判断に入ることとし、まず、請求原因第四項(2)の(ハ)の逸失利益額の主張を見るに、その中、事故当時の本俸月額が三万五〇〇〇円であつたとの主張は被告の争わぬところであるが、問題はその昇給額である。証人宮脇和幸の証言によれば、訴外会社には給与規定があるというのであるが、同証言によつて知られる訴外会社の規模(資本金二〇〇万円、従業員約三〇名)および設立(昭和三四年五月)以来一〇年にも満たぬ社歴と、成文の給与規定があれば甲号証として提出されるのが通常であるのにその提出のないこと、同証言によるも定年規定は存在しないこと、などを考え合せると、前証言は必ずしも心証を惹くに足りない。のみならず、<証拠>によれば、原告は、訴外会社にとつて貴重な人材であるので、事故により勤務不能となつて以後も、缺勤扱いのまま以前の本俸を支給されつづけており、昇給と期末手当の支給が見送られているだけであることが認められるのであつて、事故時以後正規の収入の四五パーセントを喪失したとの原告主張は、既にこの点において、少なくと事故後結審時までの分については理由なきこと明らかであり、それ以後の分についても、直ちにこれを認容することができない。しかしながら、宮脇証言によるも、今後原告の缺勤が続く場合退職の可能性あることは十分窺われるのであるから、その限り原告に財産的損害の生ずることも明らかであつて、ただその額を確定しえないに止まるというべきである。すなわち、請求原因第四項(2)の(ロ)の稼働年限六〇歳は当事者間に争いがないことと、前記のように原告は事故時に本俸三万五〇〇〇円の月収を有したが、<証拠>により、同第四項(1)の諸事実および無事に卒業すれば無線技士等の資格を得て、月収は増えこそすれ減ることはなかつたと思われることとを考え合せると、かりに、事故時に失職し生涯職に就きえぬものと仮定し、その収入を三万五〇〇〇円と仮定した場合、喪失額は、年収四二万円に三二年間の複式ホフマン計数一八、八〇六〇を乗じた積として七八七万余円を得、収入増に従い、右の額も増す道理なのであるが、前記のように、原告は現在まだ失職しているわけでなく、それがいつまで続くかも不定であるし、また、かりに失職したとしても後遺症の回復如何により、再就職が考えられぬわけではない。それに、請求原因第四項(2)の(イ)については、<証拠>により、後遺症は労働基準法別表第一の八級障害と認められ、昭和三二年七月二日労働基準監督局長通牒が八級障害の労働能力喪失率を四五パーセントと定めていること裁判所に顕著であるけれども、原告の今後の稼働力がこのとおり四五パーセントの喪失を見たと言うべきか否かは、本件の後遺症が、肉体の缺損や機能障害と異なり、神経系統の、それも現に治療中にかかる、障害であるだけに疑問なしとしない。結局、原告がこの傷害によつて失つた将来得べかりし利益の額はこれを確定しえないのであるが、さればとてこれを全部棄却するのは、損害発生自体はこれを認めうることに徴し相当でないので、慰藉料算定に当りこの事情を十分考慮することとする。
慰藉料の判断に入るに先立ち一言するが、当裁判所は、本件のように、負傷に基づく逸失利益と慰藉料とが請求されている事案において、前者につき、その存在することは明らかであるが額を確定しえずとの結論に到達した場合、その事実を慰藉料の算定に斟酌し、原告主張額以上に慰藉料を算定しても、賠償の総額において原告が本件事故による賠償額として主張したところを超えない限り差支えないと考えるものである。けだし、身体傷害に基づく損害賠償請求訴訟においては、財産的損害の賠償請求と精神的損害のそれとは、それぞれ独立の訴訟物を支える別個の請求権なのではなく、身体を被害法益とする一箇の不法行為の損害の費目として財産的損害のいろいろと精神的損害とが区別されるに過ぎないのであるから、両者は「身体傷害」による損害の範囲と内容とを具体化するための資料に過ぎない。従つて、費目の一々の主張と認定との間ではなく、総額の主張と認定との間においてのみ民事訴訟法第一八六条の拘束を考えれば足りることとなる。そして、この場合、逸失利益なり精神的損害なりの費目は、更にその範囲と内容とを具体化する諸般の間接事実に支えられつつ、それぞれ一の主要事実として主張されるものと解すべきであるので、かりに、慰藉料が全然主張されていないとすれば、精神的損害が認められても慰藉料としてこれを認容しえないという意味において弁論主義の適用があるけれども、既に慰藉料という費目の主張がある以上、その算定につき斟酌すべき諸事情すなわち間接事実は当事者の主張を要せぬと解すべきであるから、本件において、「財産上損害が発生することは明らかであるが、その額を確定しえず、そのため逸失利益主張額を容認しえぬ」との事情も、慰藉料算定につき斟酌しうることとなるのである。
よつて、慰藉料額を勘案するに、前記のように請求原因第二項の入院・通院の事実および同第四項(2)の(イ)の後遺障害が認められること、原告本人の供述によつて知られるように、原告としては、本件事故がなければ享受しえた筈である・高収入の電気工学技術者としての将来の希望を殆んどあきらめざるを得なくなつていること、従つてまた、前記のように、額は確定しえないが、その職も稼働力も不安定なものになつて将来の経済的損失は莫大なものがあること、これら諸般の事情を考え合せ、原告の蒙つた精神上の苦痛を慰藉する額としては五〇〇万円を相当と認める。(倉田卓次)